だるい夏休み

残暑見舞い申し上げます。

当ブログは一応銀魂がメインなんですが、たまに銀魂にカスリもしない話をすることがありますので、「私的瑣談」(してきさだん)という新カテゴリを設置することにしました。話すことといえば、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まァ内容はその時によって変わります。今までの記事で、このカテゴリに合っていると思ったものはここに移動させました。ご了承くださいませ。

えー、「姑獲鳥の夏」観てきました。(2週間前のこと)






事前にネットで評判を見ていたのだが賛否両論、むしろ否の方が多いような印象を受けた。まァ公開前からキャストなどで不満の声が多数あったんだけども。

で、観てみると・・・・・・・・

それほどひどいものではないじゃないか。
批評ってやつは、まったくアテになりませんね。

昭和27年、戦後順調に復興している街の雰囲気。
そして京極夏彦氏の作品内に漂う妖しげな雰囲気。

見事なまでに再現されているではないか。(戦後の日本なんて見たことないけど)

◆演出
スポットライト使い、眩暈を催しそうになる狂ったカメラワーク、随所で聞こえる風鈴の音。
どれも作品のクラシックでオカルトな雰囲気を十分に出していた。
そして印象的だったのが、人物配置など、演出がひどく舞台的だったこと。最後の久遠寺家の炎上シーンなどは、まさに炎の芸術。ものすごい迫力の炎である。「これが本物の火災と間違われたことがある程にリアルな、実相寺監督の炎か」・・・と感動すら覚えた。

久遠寺家での京極堂の祈祷シーンは蝋燭や数珠など、原作よりも呪術的な演出がされていた。「何でここまでやるのかな」と思ったが、これは一層観客を酔いやすくさせるためだろうか。
真言、祝詞、針加持法などの呪文が劇場内部に満ちて空気密度が上昇、人はゆるゆると静かな興奮に襲われ、緊張が高まったところで、りん、と冴えた風鈴の音。風鈴はささやかな涼をもたらすだけでなく、呪文で脳を揺さぶられ、あちら側へ逝きそうになる私たちをこちら側に引き戻す、重要な小道具であった。この場面は、時間の流れがどろどろとしていて、実に心地よかった。

その他、バーにその年の酒をそろえたり、京極堂の古本の並べ方や種類に気を使ったりと、実に細かい点まで配慮がなされている事には感心した。

◆脚本
これほど見事な演出なのに、なぜ酷評などされているのだろうか。
私が思うに、2時間という短い時間にエピソードを詰め込みすぎたからではないか。
しかし、エピソードは不足してもいた。
あの辞書のような分厚い原作本を、2時間にまとめるというのはかなり骨の折れる作業だったろうし、荒業だったと思う。
物語冒頭の京極堂の薀蓄は、なかなかうまい省略の仕方だった。話し相手の関口に一切口を挟ませない威圧的な喋りではあったが、いらない部分を根こそぎ落としても要点だけはちゃんと伝わってきた。ここまではいい。その後の展開が、早すぎるのだ。それこそ、眩暈を起こしそうになるほどに。
なんとか2時間内に収めなくてはいけないから、省略箇所が大量で、エピソード不足になってしまった。元の話を知らない人が観るには、かなり厳しい内容であったと思う。
こんなみっしり脚本でも、原作にはない「関口の妻・雪絵が近所の子を寂しそうにあやしている」というオリジナルエピソードがあった。これは物語全体を暗示するもので、エピソード不足を補うためのシーンだと思う。雪絵さんは、いい奥さんだよねぇ。

私は映画のことなどまるでわからないが、時間さえあれば、こんな無理な脚本にならずに済んだのかもしれない。なぜ2時間なんだ。短すぎる、4時間くらいは使った方が製作者側も満足できるものが作れただろうに。

・・・・・・・・お金の問題ですか?やっぱり(泣)

時間と予算にたっぷりと余裕のある状態で、もう一回映画を撮って欲しいと事を思った。

◆登場人物
・京極堂/中禅寺秋彦
堤真一の京極堂、いいじゃないか!声のシブさも合ってて、かなりいい感じ。
淡々とした物言い、無表情など、まるで原作から抜け出たようでした。他の人と違ってセリフが省略されただけで変更が少なかったせいかも?しかし、なんか事件があっけなく解決してしまった感があったから、彼がもう少し悩むシーンがあった方が事件に重みが出たんじゃないかと思う。
不満の声多数だった紫の憑き物落としの装束も、こうして見るといいじゃないですか。黒にすると画面に溶けてしまうという視覚的な理由で紫になったものだが、映像効果でかなり暗い、いい感じの色合いに。闇に溶けすぎず浮きすぎず、しっかりと京極堂の輪郭を保っていました。「決して闇に呑まれない京極堂」って感じで。襟元の赤も、アクセントが効いててまた良し。

・関口巽
原作より一層口数が少なく覇気がないタツさん。寝てはうなされ歩いては幻覚を見て、見事な鬱病っぷり。でもしっかりした素敵な奥さんがいるから、たぶん大丈夫。
そういえばなんで眼鏡キャラだったんだろう。永瀬正敏そのままじゃ鬱病猿男を演じるにはワイルドすぎるんで、情けなさを演出するためにかけた、と勝手に解釈。

・榎木津礼二郎
なんか榎さんが普通の人みたいだぞ!原作でも姑獲鳥に限ってややおとなしめだったけど、これほどおとなしくなかったよ。久遠寺家での乱闘シーンで高笑いのひとつでも上げてほしかったなァ。でも原作と映画は別物だし、こんな榎さんもアリかな。「名探偵が来ました!」ってセリフは彼らしくて良かった。

・木場修太郎
熱い男というよりちんぴらっぽかった木場の旦那。いや、もとからそんな雰囲気だったけど、ちんぴらじゃなくてやくざっぽい人だから。彼を演じたのは大阪出身の宮迫博行ですが、見事な江戸弁を披露してくれました。(ちなみに配役の不満で一番攻撃されたのも彼。いいじゃんよねぇ別に)

・中禅寺敦子
ここは原作どおりの溌剌として、仕事のできるしっかり娘だった。でもちょっとキツめのイメージ?榎さんとタツさんにタメ口使うとは思わなかったよ。

・久遠寺涼子
関口と会ってすぐに「不思議な方ですね」はちょっと違和感。エピソード不足が悔やまれる。それと、涼子さんはもっと顔色悪くして欲しかったなァ。それこそもう死人のような青白い顔に。儚げな美しさ、透明感のある声は良かった。
・・・・・あれ、腹が裂けた後の梗子さんのフォローは?

・傷痍軍人
おおおおお、京極先生、京極堂の常連客の役でしたか!話は急に変わりますが、作中に出てきた紙芝居、全部水木しげる御大の絵だったのがすンごく気になっていたんですよ。そして最後、子供たちの前にいた紙芝居屋が出した紙芝居、タイトルは「墓場鬼太郎」。それを微笑して見つめる京極先生演じる傷痍軍人。
・・・・・・・・・これは、まさか!!

水木しげる役ですか!?

ぎゃー、すげえ!!なんかすげえ!!そうとわかった瞬間ニヤァと思いっきり顔がくずれた。

これは一応シリーズ化が予定されているようだけど、今後も無理やり2時間に収めるようではあまりいい映画になるとは思えない。何しろ『姑獲鳥の夏』は、京極堂シリーズの中では最も短い作品なのだ。他の作品といえば、辞書と見まがうばかりの分厚さ。あまり削りすぎると何の話だかさっぱりわからなくなってしまうかもしれない。
しかも、姑獲鳥の次は『魍魎の匣』。私が一番好きな作品であり、おそらくシリーズ中で一番映像化困難かと思われる作品でもある。いったいどうなるのだろう。
でも、私はとても楽しみである。ぜひやって欲しい。
というか、

どこまでできるか見せてくれ。

◆グッズ
とりあえずパンフレットは予定どおり購入。何か他にないかな~と視線を泳がせていると、そこで2つのグッズが目に入る。

・妖怪下げ飾り(4種類)
・妖怪大戦争扇子(2種類)


思わず小さな叫びをあげてしまった。迷った結果、下げ飾りと扇子両方とも購入。下げ飾りは「火車」、扇子は神獣麒麟の白黒の絵が入っている方にしました。
帰宅し、パンフレットを熟読、すると最後の方のページにグッズ一覧が。湯のみ、ストラップ、栞、ジッポライターなどなど、どれも渋くてクラシックでオサレなものばかり。ああ全部欲しいなあなどと思いながら眺めて恍惚としていると、ふと目に入ったものが。

・姑獲鳥扇子

えー、こっちにも扇子あったの!?うわーすげえ欲しい、でも扇子二つもあってもなぁ
いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

それくらい、いいよね。


或る夏の夜の事。
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by shougetu16 | 2005-08-23 06:50 | 私的瑣談(雑記)

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